きょうはみやぎ県民防災の日

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東日本大震災の時、防潮堤を閉めに行った消防団員さんが亡くなって

しまったことを受けて、自動で扉を閉めるシステムが今日から始まりました。)

 

宮城県沖地震からもう42年経ちます。当時小学1年生だった私。

自転車で外で遊んでいて、帰宅途中に突然大きな揺れを感じて

自転車を降りて怖くてその場にしゃがみ込んでしまいました。

両親の営んでいた店は本やら化粧品やらが下に落ちていて

店はその日はすぐ閉店しました。

 

停電で夜になると店は真っ暗。ろうそくの中で家にあるもので

夕飯を食べたことを覚えています。

近所の食料品店は人が沢山並んでいて、尋常ならざる事態が

起こったのだと子供心に思いました。そして、

電気がつくと亡くなった方がいるとテレビで知り驚きました。

当時はブロック塀のおうちが多かったのですが、その下敷きに

なったそうです。その後県では防災対策の一環としてブロック塀の

強化を義務付けしました。

 

そのおよそ33年後に東日本大震災。まだ宮城県沖地震のほうが

ましだと思いました。その間に県北の栗原のほうでも地震があって、

岩手・宮城内陸地震と呼ぶそうです。)

予測のつかない自然災害の恐ろしさを感じます。

 

東日本大震災のときはもちろん電気もつかないしガスもだめ。

お水も出ないのでペットボトルの保存水が役立ちました。

ラジオが頼りで、とんでもないことが起こったことだけは

当日わかりました。翌日河北新報さんが読めて状況がわかってきて、

胸がつぶれそうになりました。もう見出しが大きくって。

 

伊集院静先生が以前「我々は、揺れる大地の上に住んでいる」と

おっしゃっていました。いつでもその時に備えて生きていけという

ことなんですね。

改めてこの日肝に銘じたいと思います。

 

読んで下さってありがとうございました。

皆さまもお気を付けて下さいね。